上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
身内にアスペルガー症候群のやつがいる。
俺はそいつのことが大好きだ。

アスペルガーは、多分それほど認知されてない。
わかりやすいのは、映画「レインマン」のダスティン・ホフマン演じる兄。
人とのコミュニケーションは出来難いけど、天才的な数字暗記力を持ってる。

自閉症とも違うのだけど、
1980年代に名前が付いた、ある種のコミュニケーション障害の病理の名前だ。

健常者から見たら日常の風景の中に彼らが居るのだけど
(要するに、ちょっと変わったやつだ)、
彼らはそこで傷を負ったりする。
俺たちと同じように、人と繋がり、愛し愛されたいと思ってるのだけど、
アスペルガーの人達は、
もともと用意された人の自由さと特権を持ち合わせることが出来ない。

他者の言葉や視線に対して、戸惑い、慎重になり、
正直な自分がどこにいるかを見定めようとするので、
会話の速度は遅くて、人と解り合うことに対して時間を要する。
流せない。言葉はそのまま彼らに突き刺さり、行為に必然性を伴う。

やつは、自分の人生が生き難く、
何故こんなに人が普通に出来ていることを自分が為せないのか、
という観点で、
そこと向き合った。やつが25歳の時の話だ。

自分はアスペルガーだと思う、という話を聞いて、
俺はいろいろ知識を収集して、その途中で、「そうじゃないだろ」と言うことを止めた。

言い換えると、「それでもいいじゃねぇか」ということなのだ。
俺は、俺と同じようにサッカーを初めて、
レギュラーになれないのに暗い駐車場でずっとボールを蹴ってる彼や、
突然絵に興味を持って、毎日何十枚も書きなぐった彼や、
今だって、生きていく為に一番必要なスキルが何か?を踏まえて、
料理を勉強してる彼を愛して止まない。

それは、ある側面から見ると格好悪くて不器用で、面倒くさいことかもしれないけど、
俺には正直で、等身大で、
人が世に産まれてくることすら原罪みたいなことにする宗教の教義を当て嵌めれば、
営みを性格に為そうとする求道者のように思えるのだ。

彼らは人より多く闘うが、たまに合うと、
その闘い一つ一つがどれだけ美しいものものなのかということを、俺は彼に表現する。

彼が美しいと思えるものを語る時の、本当に澄み切った言語感覚や、
ちょいと作ってくれたカレーライスの、いたわりやものごとを大切に捉える丁寧さを、
どうか俺の見知った、見知ってくれた全部の人達と分け合いたい。

きっと彼より俺のほうが先に死ぬけど、いつも、彼の良き共犯者で居たいと思ってる。
同じ家族を持って、同じ東京郊外に育った。
同じように窓から見える駐車場を見て、引越を手伝ってもらった。
同じように、飯を食ったら流しに片付けて、母ちゃんには「ごちそうさま」だ。

俺と彼は全く同じで、
それは、世界にさらされていて、
放り投げられた僕たちが、砂浜の中にある時々煌めく粒子を、
ただただ探しているだけなのだと思う。

大切なのは、粒子が煌めく為には光が必要で、
彼をとりまく俺たちが、
きちんとした光になっていたいと思っても良いじゃないか、ってことなんよ。

今日、良き友人達と語らった。
一生向き合う素敵な仲間達だ。

その陽の名残りが、俺の大事な家族にも届きそうだと思って、
感謝の気持ちだけで書いてみました。

どうかアスペルガー症候群に対しての理解をお願いします。


アスペルガー症候群  http://ja.wikipedia.org/wiki/アスペルガー症候群



DPP_0295.jpg


追記:俺もやつも好きだったばあさんは、
弱り切った最後の身体より骨の方が綺麗やったなーという想い出。
なんと美しいことか!








スポンサーサイト
              
コメント
コメントする












 管理者にだけ表示を許可する?

    
トラックバック
トラックバックURL
→http://kesiki.blog72.fc2.com/tb.php/274-92174014
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
    
    
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。