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涙で出来ている。らしい。
写真展にかける音楽はどんなだろう?

というわけで、センチメンタルテリトリーをよくかけている。
俺が持って行ったIPodオーディオだから、これは許せ。
「帰り道」って聞いたことある?
むちゃむちゃ良いから。

搬入が終わって、ぶっちゃけ始まるまで制作に勤しんでたから、
もともと友達でもない僕ら四人のフォトグラファーは、
写真の話とかせんかったけど、
ゆったりと、ほとんど池かと思った水の塊をずっと見ていて、
時折泡がぶくぶく、ぶくぶくっと水面がざわついて、
おや?何か流れのようなものがあるのかと思いきや、
せいぜい風が反射を揺らがす程度のお客さんの入りの合間に、
目の前にそれぞれの写真があるものだから、
カメラ何?とかコダックの印画紙とフジのペーパーの話とか、
お師匠さんの話とか、カメラマンらしい実利的、現実的、物質的問題から、
吉川くんの水面(みなもと読みたい)にかける心理とか、
みほちゃんの光に対する洞察、
セクシーこと羽田君の色調や焼きの柔らかさ以上に
醸し出されるおかしみの凄さについて質問したりしてる。
昨日やすひ君が来てくれて、創作とか作りごととかの話楽しく出来たせいかもだけど。

次に個展をやるんだったら、曼荼羅みたいなのが良いな、と思ったりして。
金剛界曼荼羅より、胎蔵界曼荼羅だ。
中心に大日如来(=太陽)がいるとしてら、
その周りを八人の菩薩みたいな神懸かった写真が飾って、
サイズはそうだな、半切くらいか。真ん中は手焼きで出来れば大全紙くらいで。

で、その周辺は神様だけだと人間ぽくないから、
自分をとりまくあらゆる煩悩と、忘れ難い思い出と、ちょっとしたエロいことや、
あとは、多分撮影期間はそんなにないけど、
けっこう色んなこれからとかそれからとかそれまでやこれまでを象徴するような
場面や生き死にとか衝動や情動や光と影みたいなので飾って(六つ切り)、
一枚一枚は大したことないけど、中心に立つと真理が在るみたいな、
ちょうど青き衣を纏いて金色の野に降り立つべき展示だ。六畳くらいあれば事足りる。

オープニングに来てくれた茜ちゃんが、今日もまた来てくれて、
地元の千葉で買った1カップを持って来てくれて、
押忍、俺にとって写真展ってそんな感じと思って、大層嬉しかった。

裸ん坊の写真達、一瞬で終わる、小さなお祭り。
すごく時間をかけて、真剣に段取った笑笑のコンパみたいもんだから、
昨日と今日で13本くらいビール飲んだ。

俺、8月はお酒いっぱい飲むことに決めたよ。

明野のひまわり、また見に行きたいなぁ。


海と双子11

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