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ばあちゃん01


先週金曜日に祖母が逝きました。
後悔したくなかったので、弔辞をやらせてもらいました。

昔、バイト先の店長と、人間はいずれCD-ROMになる、
という話をしました。
人間は情報が詰まった入れ物で、肉体が無くなっても情報が続くなら、
その人は生きていることになるのではないか、
といった話だったように思います。

今はそう思っていたいので、私事で恐縮ですが、
こちらに書かせてもらいます。

祖母が居なくなり、遅れて東京から来た弟にハッセル(カメラ)を
フルセット持ってきてもらいました。
ばあちゃんの(そして18年前に死んだじいちゃんの)家、
通夜、告別式と沢山の写真を撮りました。
いつか、何らかの形で発表するつもりです。

「記憶の中で生き続ける」ことが本当に出来るなら、
その「記憶」を、沢山の人に分け、
ひょっとしたら、ばあちゃんを知らない人々の中に、あるいは。

大事に生きていこうと思いました。



弔辞

八重ばあちゃんへ

本来ならば、一昨日6月27日に、
約3年ぶりの再会をするはずでした。
当日の朝、東京から盛岡に向かう準備をしていると
伯母さんから電話があり、
「ばあちゃんが家で倒れていて、もしかしたら亡くなっているかもしれない」と聞きました。とにかく早く盛岡に行かねばと思い、家を出ました。
ばあちゃんの死を認めたくなかったので、喪服は用意しませんでした。
結局、新幹線の中で、悲しい知らせを受け取りました。
この喪服は、こちらで借りたものです。
たった一日、もしかしたらたった数時間だけ間に合わず、
おばあちゃんに会うことが出来ませんでした。
本当に残念で、悔しくてなりません。

一週間前、盛岡に行く日程を伝える電話をかけた時、
「健康には気をつけるように。
 寂しい時代になってしまったが、
 おばあちゃんはたくさんの人に囲まれて幸せだ。みんなに感謝している。
 まだまだ生きてやろうと思う。」
この内容を、言い方を少しだけ変えて、
10回くらいリピートしているばあちゃんの声を聞いたときは、
まさかこんなお別れが用意されているとは夢にも思いませんでした。

昨日、昼前に、たくさんのモロゾフのお菓子が盛岡の家に届きました。
多分、14時頃に行くといった僕のために、
そして離れている子供や孫たちに送る為に、
おばあちゃん自らが発注したものでした。
受け取る人が居なくなってしまった段ボールいっぱいのチョコレートに、
死してなお、
優しさや愛情を届けて来るおばあちゃんの強い意志を感じました。
それは多分、残された全ての人々に「健やかに、愛情を忘れずに生きよ!」と
投げかける最後の、執念のメッセージのように思えます。

3年前、やっとプロカメラマンになれた僕は、その報告の為に盛岡を訪れました。「写真を撮らせて欲しい」と頼むと、
「魂が取られる。フィルムがもったいない」と頑なに拒否されました。
さすが大正生まれ、手強いものです。
夜、数時間説得して喧嘩別れに終わった翌朝、
ガタガタと騒がしい音で目が覚め、
何をしているかと思って階下に降りると、
部屋中に着物と洋服を引っぱり出しているおばあちゃんがいました。
「あんたには負けた。おばあちゃんやる気になったから」と
照れ笑いで迎えてくれました。
最終的に三回も着替えて写真を撮って、東京に帰った後、
それらを自分でプリントして送りました。
とても喜んでくれたらしく、今年3月に弟が盛岡を訪れた時、
とても気に入った一枚がある、
とその時の写真を自慢げに見せたそうです。
そして、その写真がそのまま遺影に使われることになってしまいました。

教わったことは、
やる時は徹底的に、大胆に。
人生を楽しむことに対して、
真っ正面から、正直に取り組むこと。
いくつになろうとも、自らの内なる華を見出し、
輝こうとする前向きな気持ち、努力、生き方。
自分に子や孫が出来たとき、きっと語るであろう沢山の、
そして強烈な思い出を残してくれた八重ばあちゃんに
深い尊敬と感謝の念を禁じ得ません。

ばあちゃん、今まで本当にありがとう。
ばあちゃんの孫に生まれて僕はラッキーでした。
走り続けてきた分、そちらではゆっくり休んでください。
そしていつの日か、そちらであの素晴らしいお惣菜をふるまってください。

それでは、またいつか。さようなら。


2008年 2月29日   親族代表  加藤新


ばあちゃん02


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コメント

コメントありがとうございます。
2週間ほど前に49日と初盆で再び盛岡を訪れました。
暑かったですが東京ほど湿気がなく、
時折涼やかな風が吹きました。
お別れの地としては最高だな、と思いました。
よかったらまた見にいらっしゃってください。
---------- 加藤アラタ [ 編集]* URL * 08/27, 18:34 -----
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---------- [ 編集]* * 08/27, 15:06 -----

おつかれさまでした。
僕は幸か不幸かもともとの訪れのタイミングだったのですが、
関西のみんなやうちの家族は突然のことで大変だったと思います。
それでも、久しぶりにいとこ達が集まって話をする機会を作ってくれたと思えばそれもまた良しですかね。
いろいろ悔やむことはあるのですが、やはり一番思うのは、
会いたいと思った時に会い、やりたいと思った時にやる、
というシンプルな気持ちです。
東京に戻ってから、ちょっと過剰にスケジュールを詰めて写真撮っています。頑張ろうと思います。書き込みありがとうです。
---------- [ 編集]* URL * 07/05, 03:51 -----

ふるんさん

ありがとうございます。
うちは余命三ヶ月の宣告から一ヶ月経たないうちに
他界してしまいました。
ふるんさんもお忙しいと思いますが、
やはりこまめに会いにいってあげると良いと思います。
書き込み、本当にありがとうございます。
---------- [ 編集]* URL * 07/05, 03:46 -----

ご愁傷様です。
おばあさまの御冥福をお祈りします。
いいお顔の写真ですね。
うちも祖母が94で入院してて
いつ逝ってもおかしくない状態なんで
いろいろ考えちゃいます。。
---------- ふるん [ 編集]* URL * 07/03, 16:35 -----
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---------- [ 編集]* * 07/03, 13:02 -----
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