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フィルムカメラを一部を残し売っぱらいデジタルシフトをしいてみる。
街撮り用にkiss X5を購入し、なんか合わなかったので売る。
富士のX100を購入。

割と良いかも。

秋のグループ展には何を出そうか。


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映像消されまくっとるらしい。
そういえば言論統制始まるんだっけか。
彼の歌を見れた人はラッキーだったね。
ロックンロール。


『ずっとウソだった』

この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です。

俺たちを騙して、言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。

ずっとウソだったんだぜ
やっぱ、ばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ
原子力は安全です。

ずっとウソだったんだぜ
ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ
気づいてたろ、この事態。

風に舞う放射能はもう止められない

何人が被爆すれば気がついてくれるの?
この国の政府。

この街を離れて、うまい水見つけたかい?

教えてよ!
やっぱいいや…

もうどこも逃げ場はない。

ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど、

ずっと、クソだったんだぜ

それでも続ける気だ

ホント、クソだったんだぜ

何かがしたいこの気持ち

ずっと、ウソだったんだぜ

ホント、クソだったんだぜ
昨日の撮影がうまくいかなかった。
帰りの車の中で、動機が激しくて、敗北感と、
一日を生き抜けなかったことに対して、責め立てて、責め立てられた。
20パーセントくらいに縮小した大丈夫な自分が、「これはマズいな」とツイートした。

春の樹的に言うと、どうやら損なわれてしまったらしくて、
やはり春の樹の小説においては、大概そういったものは絶対的で決定的だ。

特に理由の解説もなく、ある日それは突然損なわれてしまうのだ。

胸から打ち込まれた杭の先にフックで鎖がついていて、
それが背中に抜けて、心の80パーセントくらいを引きずる。
少し重たいレバーみたいな塊を引きずるので、熱と痛みが生じる。

あれをもう一度身体に戻さないと、大変なことになる。

感情をもう一度内側に抱いて、きちんと制御しなければならない。

ならない。

金曜日地震があってから、ほとんど何もしていない。
何もしていないけど、焦燥感で心が疲れる。
友人の、近しい人たちの無事の報告を聞いて安堵し、
報道の悲惨な状況に悲愴する。
明日は撮影があって、水曜日には児童館で親子カメラ教室の講師だ。
ワークショップの資料を作りながら、宮城の親戚の安否を探し、先ほど確認した。

外が晴れているのか曇っているのかも分からないような空気が部屋の中にやってきて、
このままではいかんと駒沢公園に向かうと、梅の花が満開で、
報道ばかりのニュースに飽きたのであろう子供達とお父さんお母さんが笑い合ってた。

親父がメキシコ出張中、海外報道の一番の関心は原発。
津波、地震については「日本はよくやっている」とのこと。

情報と時間だけが身体の中を通り抜けて、
18日〆切りのコンペ作品も、おそらく停電の影響で仕上げることは難しそうだ。

デスクの上のプリンターとモニターをヒモでエレクターに繋いでて、
枕元に置いたワークブーツを履きやすいスニーカーに変えた。

お腹は減るし、うんこも出る。

ただただ、生きている。

光のことだけを考えている。

大事な友達から聞いた、大切な言葉をよく思い出す。

先は長いけど、皆の光に照らされながら、俺の光で皆を照らしたい。

日本中の小さな光を集めて太陽になれれば良い。
我々の国旗のように。



小さい星は明るい月のそばでは光りを失う。
僕はあなたのそばで、自分に光がないのかと思った。
こうして年月と距離をおいてみると、傍にいたときより、あなたの全体がよくわかる。
そして自分にも、微かながら光があるということがわかって嬉しい。
あなたの光は澄んでいてうるわしい。弱くさえ見えるほどに。
あなたは僕などとても及ばない微妙な発光体である。

『新美南吉の手紙とその生涯』より

5時終え。
そこは記憶の砂場よ。
だから、ぶりかえっていい。

ただ、気をつけなければいけないのは、
ぶりかえる容量が増え過ぎると、現代や現在が歪になる。
現代の周りを周回するフォボスよ。太陽系よ。アンドロメダよ。銀河系よ。
砂場はいとおかしんで振り返る為のもので、
それ自体が私たちを推し進めるものではないよ。
宙ぶらりんなバランスの人も、慎重な重たい石の人も、
それは同じよ。

衛星のように引力に絡めとられて星の周りを回るのか、
恒星のように中心に居座るかの話を、最近会った太陽(ほぼ月みたいでもある)みたいな写真家と話す。
そりゃーたまげた。魂消えた
魂消るだ。
写真の話だけど。

さてぶりかえす。

学生最後に、卒業アルバムを作る係をやってて、
ポジが使いたい放題たったんで、職を決めんとやってた。
京都の話だ。

うちの大学は生徒自主性重んじるみたいな風潮があって、
外注で頼んでた編プロの特派員みたいな感じで撮影してたね。

俺が全くデザイン才能が無いんで、
ともかく依りどころは言葉だ。言葉で全部完結。
全部の言葉は何だ?そもそも全部ってなんだ?

引用して、文ちゃん。


文ちゃん。

僕は、まだこの海岸で、本を読んだり原稿を書いたりして 暮らしてゐます。
何時頃 うちへかへるか それはまだ はっきりわかりません。
が、うちへ帰ってからは 文ちゃんに かう云う手紙を書く機会が
なくなると思ひますから 奮発して 一つ長いのを書きます 
ひるまは 仕事をしたり泳いだりしてゐるので、忘れてゐますが
夕方や夜は 東京がこひしくなります。
さうして 早く又 あのあかりの多い にぎやかな通りを歩きたいと思ひます。
しかし、東京がこひしくなると云ふのは、
東京の町がこひしくなるばかりではありません。
東京にゐる人もこひしくなるのです。
さう云う時に 僕は時々 文ちゃんの事を思ひ出します。
文ちゃんを貰ひたいと云ふ事を、僕が兄さんに話してから 何年になるでせう。
(こんな事を 文ちゃんにあげる手紙に書いていいものかどうか知りません)

貰ひたい理由は たった一つあるきりです。
さうして その理由は僕は 文ちゃんが好きだと云ふ事です。
勿論昔から 好きでした。今でも 好きです。その外に何も理由はありません。
僕は 世間の人のやうに結婚と云ふ事と 
いろいろな生活上の便宜と云ふ事とを一つにして考へる事の出来ない人間です。
ですから これだけの理由で 兄さんに 文ちゃんを頂けるなら頂きたいと云ひました。
さうして それは頂くとも頂かないとも 
文ちゃんの考へ一つで きまらなければならないと云ひました。

僕は 今でも 兄さんに話した時の通りな心もちでゐます。
世間では 僕の考へ方を 何と笑つてもかまひません。
世間の人間は いい加減な見合ひと いい加減な身元しらべとで 
造作なく結婚してゐます。僕には それが出来ません。
その出来ない点で 世間より僕の方が 余程高等だとうぬぼれてゐます。

兎に角 僕が文ちゃんを貰ふか貰はないかと云ふ事は
全く文ちゃん次第で きまる事なのです。
僕から云へば 勿論 承知して頂きたいのには違ひありません。
しかし 一分一厘でも 文ちゃんの考へを 無理に 脅かすやうな事があっては 
文ちゃん自身にも 文ちゃんのお母さまやお兄さんにも 僕がすまない事になります。
ですから 文ちゃんは 完く自由に 自分でどっちともきめなければいけません。
万一 後悔するやうな事があっては 大へんです。

僕のやってゐる商売は 今の日本で 一番金にならない商売です。
その上 僕自身も 碌に金はありません。
ですから 生活の程度から云へば 何時までたっても知れたものです。
それから 僕は からだも あたまもあまり上等に出来上がってゐません。
(あたまの方は それでも まだ少しは自信があります。)
うちには 父、母、叔母と、としよりが三人ゐます。それでよければ来て下さい。
僕には 文ちゃん自身の口から かざり気のない返事を聞きたいと思ってゐます。
繰返して書きますが、理由は一つしかありません。
僕は文ちゃんが好きです。それでよければ来て下さい。

この手紙は 人に見せても見せなくても 文ちゃんの自由です。
一の宮は もう秋らしくなりました。
木槿の葉がしぼみかかったり 弘法麦の穂がこげ茶色になったりしてゐるのを見ると
心細い気がします。
僕がここにゐる間に 書く暇と書く気とがあったら もう一度手紙を書いて下さい。
「暇と気とがあったら」です。書かなくってもかまひません。
が 書いて頂ければ 尚 うれしいだらうと思ひます。

これでやめます 皆さまによろしく

芥川龍之介


ぞくぞくするね。
ほんと最低や。毒の言葉、いつも誘われる。

俺の話で、何か言いたかったのかと言われれば、特に言いたいことも無いという今日だ。


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新年の挨拶も特にないまま2月突入。
2011があっちゅう間に終わらんように。
instgramやったりfacebook登録してみたり、
デジタルもアナログも、
日常も作品も、なるべく写真や自分を露出して、
世界や社会とのコミュニケーションをはかっていく一年にしたいなんて思う今日この頃。

今年もよろしくお願いします。


<ホームページ> http://kesiki.com/

<ブログ> http://kesiki.blog72.fc2.com/

<ツイッター > http://twitter.com/araataa

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朝も相当明けて、ゆみちゃんと同じ駅に戻る。
ゆみちゃんは、12時の特急で故郷に帰る。
もう、それはしばらく先のすぐだ。

大昔、人と会って話をして、
高台からマンションの灯を臨むように、
山の上に立って、麓の人の松明を傍観するように、
なるべく外側に立つことが処世術のように思ったけど、
ある時期から、おそらく短くて、
おそらく波立たない我が世を大事に過ごすことを良しとしたら、
とても無責任で、きつい自由の中でうろうろしている。

身も心も削りながら大いなる自由を満喫していて、
不安の種が庄内平野間中に散らばってるようだ。

たいしたなにかを書きたいわけではなくて、
要するに、
こんなに、色々なことを不確定にして、
道を示さなくて、嫉妬も多々ある写真というものに対して、
少ない自分が、知らんぷりしながらきっと忘れてない。

それがあって良かった。
最悪の夜を、きっとやり過ごせる。

たいしたものは残ってないけど、
俺に、ある一日が、えかったんか、あかんかったんか、
判断させる尺度が与えられて良かった。

一日の最後が、ちゃんと彩られて良かった。
また今日も、生かされた。

さんきゅ、と思う。

さて寝る。


六畳一間の仕事部屋。

モニターと引き延ばし機の間が、エルサレムとパレスチナ。
手負いのネガの残骸が、平積みになって押し寄せる。

仕事はまあまあよ。
つか、借金大王の頃から、大概まあまあってことにしてきた。
地軸が歪んでもまあまあ、氷河期が来る前もまあまあよ。
何があってもまあまあで、一瞬の炸裂があるにせよ、
平たく平たく、アフリカ的にポレポレで、沖縄的になんくるない日々の、
ごく、個人的な物語がやっぱりまあまあよ。

感情は、そりゃーいろいろある。
親友を失いつつあり、母は同じ小言を繰り返す。
揺れろ揺れろと言い放ち、感情こそは揺れてくれよと乞うてみたり。

俺はただ産まれて来ただけだけど、
46億分の何人かは、加藤の家に長男が産まれたことさえ憎悪かも。
そういうの原罪って言うのかな。

ファック(す)原罪。

感情や思考の話をする時に、
人が生まれながらに罪を背負って生きている、という前提を作ることは、
俺には卑怯な事に思える。

価値観の違いで人を隔てがちな友人に俺が激怒するのは、
「おい!それはジョーカーでしょ!」ってことなんよ。

原罪って、人が背負ってる罪というよりは、
人が人を隔てるための、かなり最小公倍数的な、大いなる原理のように思える。
自分が自分でいる理由を、ネガティブな尺度から捉えた一つの真理めいたもの。

罪が、人に前提として与えられていて、
じゃあ誰かが、神の目のように全てのことを愛したいと思った時に、
人が神になれないように、大きな愛を持てないように、
現人神が、彼らの特権を維持する為に。

そんなご大層な気持ちは当然ないけどさ。
大きな愛の話は当然出来ず、
閉め切ったシャッター前で、せいぜい性欲をたぎらすだけだけどさ。
(あれはよかった。ぞくぞくした。)

人、思いし、遥なれ、でさ。

せっかく日本人。
聖徳太子によって、仏教原理は嵌められたように感じるかもだけど、
私人の原理は私人の中にありけり。

ひとつひとつの私の気持ちが、神の目のように全てを慈しみたいと思うけど、
なかなかそうはいかんけども、
ただ、原罪の側に立つのではなく、
壁に当たって割られ続ける卵の、儚い村上さんサイドでありたいと思いました。

今日の写真家とのアルコールが、
ずっと、個人のことを考えさせた。

個人て本当は小さいものなのか?尊いものなのか?

という問いに、

彼女は、「それは尊い」と応え続けた。

そんな年末。









こんな小さな風が、世界の何を変えるのかしら?

いろんな話をつぎはぎにして、自分のように語るけど、
それは間違ったことではないのだけど。

真夜中から朝にかけて多摩川沿いを歩き出せば、
昨晩の雨が空気を完全に湿らせて、
信号の赤や青(緑)が折り重なって、進んで良いのか留まれば良いのか。
まったく。面倒で愛しい。

気持ちや感動が風景のように見えることについて、
今日初めてちゃんと話した星子君が似たようなことを話していた。

荒木さんは言葉の使い方が巧いなあぁ。

同じ見えないのなら、風の景色より、情の景色を。
風景よりも情景について。

そういうの、アドは嫌いかもしれないけどね。

自分にしか届かない手紙を何百通も書いては便りが来ない。

大概、男の人はそんなもんかも。

この世界で一番静かな夜。

そんな真夜中の場所から、ハナちゃんのコーリングユーがまた聴きたくなった。

そんな良い夜を過ごした。


アドウ01


ジャケットやPVなどをやらせてもらってる大切なバンド、
「SUNABA」のワンマンライブが今週金曜日に下北で開催されます。

映像作家のゆみへーちゃんと、久しぶりにVJをやる予定です。

http://www.yumihey.com/


お友達連れて是非是非遊びに来て下さい。


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2010.11.26(fri)
SUNABA NIGHT vol.2 ~みんなSUNABAだヤァ!ヤァ!ヤァ!~ 
@下北沢BASEMENT BAR

vol.0から始まった「SUNABANIGHT」も、今年でついに3回目!
新機軸を打ち出したSUNABAの集大成となるライブはもちろん、
さらに豪華(笑)DJ陣がフロアを沸かせます。
他にもこの夜限りのスペシャルな試みが盛りだくさん。
グッドミュージック、そしてみんなのうれしい顔。
愛と笑いで満たされる下北沢の夜。
みんなで楽しみましょう!


1部 One-Man LIVE SET OPEN 20:00 START 21:00
adv.¥2000 / day¥2300 / pair¥3000 ( 1Drink別 )
※1部からご来場の方は2部もご覧になれます

2部 MIDNIGHT LIVE SET 25:00~GOOD MORNING
door.¥1500( 1Drink別 )

LIVE:SUNABA

GUEST ACT:小林亮三( SINGER SONG WRITER ) 長崎真吾( GUITAR )
庸蔵( SAX ) 阿部樹一( PIANO )

DJ:徳原海 / MORIBE / MABU / HIDEAKI SHIMADA
VJ:加藤アラタ / 吉村由美


SUNABA
http://www.sunabaclub.com

下北沢BASEMENT BAR
http://www.toos.co.jp/basementbar
                   
    
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